箕面の滝案内

箕面の滝へようこそ!

箕面の滝について


箕面の滝(箕面の大滝とも呼ばれる)は大阪府北部の町‐箕面市にある963ヘクタール(東京ドーム約205個分)の広さを持つ明治の森国定公園のメインスポットになってます。その中でも箕面の滝がある公園は箕面公園と呼ばれます。滝の高さは約33メートル、幅約5メートルあり、四季折々に変化を見せるその美しさは古くから人々の心を捉え、日本の滝100選にも選ばれています。紅葉の名所としても有名で、秋には多くの観光客が、その美しさに魅せられ訪れます。箕面の歴史は古く、発見された土器や石器から縄文時代にまで遡ります。飛鳥時代には修験道の租である役行者が、19歳から22歳の間、箕面の滝で修行したという記録があります。阪急電鉄・箕面駅から箕面の滝までは、滝道と呼ばれる約980種類の植物や約3,000種類もの昆虫がいる自然豊かな公園内の道を歩きます。滝道と大滝は毎年夏にはライトアップされ、とても幻想的で美しいです。滝道は約2.7kmあり、徒歩でだいたい40分くらいかかります。道中、役行者が建てた修験道の根本道場である瀧安寺や大聖歓喜天霊場の根本道場である‐西江寺、生きた蝶を間近に見れる昆虫館等に立ち寄れます。また、箕面の特産品の「もみじの天ぷら」や「ゆず」の御菓子のお店も多く見られますれ、滝までの散歩をより楽しくしてくれます。滝道は癒しの散歩道とも言われ、自然に癒されながら歩くその心地よさが、より箕面の滝の魅力を引き立てているとも言えます。

 

箕面市について


箕面市は面積約47.84k㎡、人口約13万人の町で、その人口のほとんどは箕面市南部に集中しています。1956年に箕面市として制定されてからは高級住宅地として、大阪市のベットタウンとして発展してきました。箕面市のシンボルの木はイロハモミジで、箕面公園のもみじは、ほとんどのこのイロハモミジで占められています。箕面はもみじの天ぷらでも有名ですが、もみじの天ぷらに使われているのはイロハモミジではなく、「おたふく葉」と呼ばれる一行寺楓という種類の木の葉が使われています。もみじの天ぷらは、この「おたふく葉」を1年以上塩漬けして、灰抜きしてから作られます。人々が箕面のイメージとして思い浮かべるものには「箕面の滝」、「もみじの天ぷら」の他に「箕面の猿」があります。箕面の猿は1956年には約90頭存在し、天然記念物として指定されました。その後、1977年には650頭以上に増え、観光客の食べ物を奪ったり、民家や農作物を荒らすなどの問題を起こすようになりました。そのため、箕面市は猿の餌付け場所を西の山中に移し、猿と人間を分離する方針をとるようになりました。しかしながら現在でも、しばしば箕面の滝の前に猿はその姿を現しますが、エサを与えることは固く禁じられています。

 

箕面の滝と役行者


役行者(634年~701年)はその人生のほとんどを山岳修行に捧げた修験道の開祖とされている人物です。箕面には652年の19歳の時訪れ、箕面の滝のもとで修業し、瀧安寺西江寺を建てました。役行者は呪術や法力の使い手として知られ、日本各地に伝説が残っています。その中には、「呪術で人の身動きを止めてしまうことができる」「鬼神を使役していた」「海の上を歩くことができた」等の驚くべきものがあります。音羽木戸という有名な忍者が役行者を崇拝していたことから、忍者のルーツなのでは?とも言われています。箕面の滝と役行者の結びつきは、【奈良の葛城山にいた時、北西の空に、五色に光る雲を見つけ、それに向かって役行者が三鈷杵を投げると、箕面の大滝まで飛んで行った】ことが始まりとされています。699年の66歳の時には、役行者の呪術、法力を妬んだ弟子により、「人々を言葉や呪術で惑わしている」とあらぬ噂を立てられ、伊豆大島に流刑されてしまいます。701年1月には無罪と分かり、都に迎え入れられますが、箕面に戻りその余生を過ごします。そして同年6月7日に箕面の滝のさらに山奥にある天上ヶ岳から昇天し、68歳で現世での修行を終えました。

 

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